俺のセブ島休日【穏やかなI.T.Park編】

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たまには昼間でも外へ出てみようと思い、日曜日の14時くらいにちょっとだけ外を歩きました。

いつも、下を見ながら眉間にしわを寄せて、足早に歩いている道もこの日はのんびりしていました。

ベンチで遊ぶ子供たちをみていたら、幸せな気分になりましたね。

I.T.Parkで遊ぶような子供たちですから、決して貧しい子供たちじゃないです。見た目でもわかりますが、ちゃんとした服を着ているし、靴もみんな履いています。

ただ、たとえ彼らが貧しかったとしても、同じように楽しく日曜日を過ごすんだろうな。

そう思います。そんなことを考えていると、前日に姉貴が「三丁目の夕日みたいだね。」と言っているのを思い出しました。

僕は「ALWAYS 三丁目の夕日」を1,000回以上観ていますが、一度たりとも涙せずに観終えたことがないんです。なんでかって、観れば分かるんですけど。

本当に純粋な愛の話で、貧しくても幸せだった昭和を描いているんです。

僕は昭和には生まれていないですし、データだけを見れば三丁目の夕日の時代って日本で一番犯罪が多かった時代なんです。戦後ですね。

それから、たとえば事実としてどれだけいい時代であったとしても、「あの頃はよかった。それに比べて今は・・」という発言は絶対にしたくないんです。し、そんなことは思いたくないんです。

未来の方が絶対にいい世の中になっているはずだって思うから、僕は今日生きている訳で。

過去の方が良いならもう生きていたって仕様がないじゃないですか。

と、これからの方が絶対によくなるよ。

とは思いつつも、これだけ貧しい国で、貧しい暮らしで、なんでこんなに幸せそうなんだろうなあ。って思うんですよね。

 

 

日本人は不幸だとか言いますけど、

それでも日本で貧しくても幸せに暮らしてる人っていると思うんですよね。

まあ、全く貧しさを知らない自分が言っても説得力ないですけど。

 

自分って、ものすごい恵まれた国で恵まれた環境で育ったんだなああ。

とか思ったりもしますし、感謝しよう。とか思ったりもします。

日本にいる頃、人にありがとうなんて言ったことなかったですけどね、

こっち来てからありがとうありがとうありがとうですよ。

さだまさし氏が作曲した「風に立つライオン」という曲がありまして、

 

僕はやはり来てよかったと思っています 辛くないといえば嘘になるけど幸せです

あなたや日本を捨てたわけではなく 僕は「現在」を生きることに思い上がりたくないのです

空を切り裂いて落下する滝のように 僕はよどみない生命を生きたい

 

という歌詞があるのですけど、本当にその通りだなあと思っています。

 

そして、そんなことを思いながらも部屋に戻って、どうやって金を稼ぐかを考えて、

疲れたああとか言いながら、毎日過ごしていますよ。

貧しい人たちを見たからとて、自分の生活や価値観を変えることなんて無理です。

し、彼らは日本人の同情なんか求めてないんですよね。ボランティアとか、突発的に無責任なことをするくらいなら、仕事をあげた方が良い。

たまに治療するくらいなら、仕事をあげた方がいい。

募金箱に数十円入れるくらいなら、教科書をあげた方がいい。

教育と仕事さえあれば、勝手に文明は成長していきます。

 

同情するなら金をくれ!

 

金なんかあげたって意味ないし、学校なんか作っても意味ないです。

教育が受けられればいいんです。勉強ができればいいんです。全て解決します。

学校なんか行かなくても本が読めれば問題ないし、先生なんかいなくても本が読めればなんとかなるんです。

 

 

と、思うことの多い日曜日でした。