“SAY NO”日本で生きることに疲れ果てた若者に告ぐ「とりあえず全部NOだ。」

意識高い系ブログ

マアヨン〜!
セブ島の和久井港(@misanwakui)です。

このブログを読んでいるあなたは、おそらく人生に疲れ果ててしまった若い日本人だと思います。セブ島にいると「日本で生きることに疲れてしまった」という若者を多く見かけます。
前途有望な若者が生きているだけで疲れてしまう日本という国はだいぶやばい国だと思う一方で、それを生まれ育った国のせいだけにしていてもまたいつかどこかのタイミングで「疲れ果ててしまう」はずです。

実は私も日本で生きることに疲れ果ててしまっていた若い日本人の1人です。しかしある時を境に日本でいてもフィリピンでいてもアメリカでも、どこにいても別に疲れることはないんじゃないかというマインドセットを発見してしまいました。それが「SAY NO」です。


イエスマンという有名な映画がありまして、劇中の主人公はとりあえずなんでもNOと言う癖があり、その為幸福を感じられずに生きていたのですが、何にでもYESと言い始めたことで人生が好転するという内容です。
私が言う「SAY NO」はその映画に思いっきり逆行している訳ですが、日本人はそもそもなんでもかんでもYESと言い過ぎです。
本「SAY NO」プログラムを実践することで「生き疲れ」には永久にさよならすることができるはずです。

もくじ

・明確にやりたいことはないがなんとなくやりたくない
・「NO」で自分の輪郭を映し出す
・「YES」は全て直感

明確にやりたいことはないがなんとなくやりたくない

なんとなく嫌だけど、それに変わる明確にやりたいことはない為、なんとなくやってみる。結果、なんとなく嫌なことを毎日やっている為生きているだけで疲れてしまう。

日本で生き疲れてしまう人の多くはこのスパイラルに陥っていると思います。例えば大学を卒業したからとりあえず就職してみる。とか、とりあえずみんながいくから大学に行ってみるという感じの出来事が日本中のあらゆる場所で巻き起こっています。この主体性を欠いた「なんとなく」こそが生き疲れの元凶だと考えています。

強烈に英語の勉強をしたくて大学に入った人間は、自分の期待を裏切った大学にはそれ以上在籍しようとはしません。なぜならその人間の目的は大学に在籍することでも卒業することでもなく、英語を勉強するためだからです。

なんとなくやりたくない。でもやりたいことが明確ではないからYES。という物事の決め方をしている人は、とりあえずNOと言うことから始めましょう。何もしていない自分を不安に思う気持ちも分かりますが、何かをしているように見えるだけで本当は何もしていない人間も、本質的には何もしていないのと同じだとは思いませんか。

「NO」で自分の輪郭を映し出す

NOと言えない日本人と言われていますが、そもそもなぜ日本人はNOと言えないのでしょうか。空気を読むから?それとも、NOを卑俗な言葉だと思っているからでしょうか。やっぱり嫌われたくないからでしょうか。

ところで、NOと言う人は本当に嫌われているのですか?
仮に本当に嫌われるのなら、それだけで人を嫌う人に好かれる価値ってどこにあるのでしょうか。普通に考えて、NOと言うだけで人を嫌う人って、頭がおかしい人じゃないですか。そんな頭のおかしい人に好かれて何か得することってあるんでしょうかね。

まあ頭のおかしい人の話はさておき、「NO」と言い続けることで本当に自分が求めている物事を明確にすることができると私は考えています。

例えば、
「ケーキを食べる?」
「YES/NO」
満腹や気分などは考慮しない場合、ここでNOと答える人はケーキが嫌いな人です。

自分はケーキが嫌いな人だと分かります。これで一つ自分という人間が明確になりました。こんなことをひたすら続けていくと、自分が本当にしたいことや求めていることが見えてきますよね。これを続けた結果、全てNOだった場合、それは質問が足りていないだけです。

多分みなさんも経験済みだと思いますが、就活をしないと言うとしない理由が必要なのに、就活をすると言っても特に理由は求められない。大学受験をすると言っても理由は求められないのに、大学受験はしないと言うと理由を求められる。だから特に理由がない人はしないとは言い切れず、なんとなくしてしまう。

なんで大学を続けることに理由は必要ないのに、大学をやめることには理由が必要なんですかね。なんでなんとなく続けることは許されて、なんとなくやめることは許されていないのだろうか。と。なんでですか?
なんとなくであることには変わりはないはずですが。

「YES」は全て直感

さあ、とりあえずなんか嫌だなと思ったことにはNOと言えるようになったみんさん、こんにちは。NOトレーニングの和久井です。

みなさんはもう自分が嫌だと思うことに対してはNOと言うことができるようになりました。そんなあなたが次に進むステップとしては、直感的にYESと言っていくことです。

さあ、どうですか。日本で就職したくない。特に働きたい会社もない。やりたいこともない。でも直感的にセブ島に来ることがYESですか?

そうだ、セブに行こう。

直感に頼るのは怖いですか。では仮に何か一つの物事を決める際にあらゆる統計データを持ち出して塾考してから決断しますか?確かに、そうすることが正しい状況もあるのかもしれません。ただ、別に直感で何かを決めたからと言って人生が取り返しのつかないところまで転落することはほぼありません。

想像し得る最悪の不幸は基本的には起こりえないものです。杞憂です。

その決断を直感でして、想像し得る最悪の不幸はなんですか?家族の誰かが死ぬとか、自分の片腕がなくなるとかですか?もしそうじゃないなら、その決断をしたことで起こる不幸よりも、その決断をすることで得られる幸福の方が多いはずです。

なぜなら、あなたは自分の人生に主体性をもち、自分の決断に責任を負い、自分の人生で初めて自由を手に入れるからです。

あなたが息苦しいのは、決断を他人任せにして、なんとなくYESと言い続けているからです。今日からあなたはとりあえず「NO」とさえ言えば、勝手に人生は楽しくなります。

余計なものしかないよね〜 hmm~♪
Say No~~♪