なぜフィリピンの少女はボールペンを売り歩いているのか。
アヤラモールのカフェで打ち合わせをしていると、フィリピン人の少女が恥ずかしがりながら私にボールペンを見せてきた。初めての体験で、よく意味が分からなかったが、どうやら彼女は私にボールペンを買って欲しいらしい。
MacBookで事足りる私は、それを丁重に断った。
あとで打ち合わせをしていたクライアントに聞くと、学費の為にボールペンを売るのは普通のことらしい。
中には手作りのケーキを販売して回る少女もいる。少女のみならず、少年にも出くわしたことがある。
私は彼らからボールペンでもケーキでも買ったことはない。そうしてその理由は、必要がないからだ。
私の好きな映画「The wolf of wall street」にこんなシーンがある。
ジョーダンベルフォートがのちに従業員になる男に、
Sell me this pen.
と、なんの変哲もないボールペンを差し出すのだ。
正解は複数のパターンが存在するが、要するに「需要を生み出す必要性」についてを端的に表現しているのだ。
人が物を買うときは決まって、その人はソレを必要としている。理由はなんであれだ。
そこで思うことは、なぜ彼らは、誰も必要としていないボールペンを売り続けているのだろうか。ということだ。
もし私がフィリピンにおいて、学費の為にボールペンを売らなければいけなかったとしても、決してボールペンは売らないだろう。ましてやカフェにいる人がボールペンを必要とすることはまずない。
私だったら、観光客相手にトイレットペーパーを売る。トイレの前に立っていればいいので極限まで移動時間を減らすことができる。トイレットペーパーを持ち歩かない外国人は非常に多い。そして、トイレットペーパーを備え付けていないトイレは非常に多い。
これは、売れないわけがないのだ。ただこれは私が外国人だからこそ出来る発想に相違ない。
私が生粋のフィリピン人だったとして、私は恐らくはトイレットペーパーを売るなどという発想には思い至らなかっただろう。あくまで推測の域を出ないのだが。
そしてなぜフィリピンの大人たちはこのブルーオーシャンに気が付かないのか。
学費を稼ぐ目的でボールペンを振り売りしている学生が自由にモノを売り買い出来るプラットフォームがあれば、彼らは街を練り歩いてモノを売る必要などなくなる。
と、思うことの多いマクドナルドでの食事だった。